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DMZ(非武装地帯、Demilitarized zone)とは?

1953年 7月 27日月曜日に韓国(朝鮮)戦争の終りを告げる休戦協定と共に始まった沈黙の戦争、南北分断の現場であるDMZは南方限界線と北方限界線の間の地域であり、南北間の敵対行為及び戦争再発防止のために設置された緩衝地帯であり、軍隊の駐屯や武器の配置、軍事施設の設置が禁止されている。DMZは韓半島全体の約0.5%に当たり、 南側は国連軍停戦委員会で管理している。朝鮮半島のDMZは現在世界で唯一残っている民族分断の現場であり、特に江原道(カンウォンド)はベルリンのように一つの地域が南北に分けられた唯一の分断の道である。
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お問合わせ先
鉄の三角戦跡地 管理事務所 (+82-33-455-3129, +82-33-450-5558)

[ 周辺の宿所 ] [ 周辺のレストラン ]



[ 泉通(セムトン)渡り鳥到来地 ]

鉄原(チョロン)の天通里にある泉通(セムトン)は年中凍らない天然の泉水が湧き出る0.5ヘクタール程の池で、ここを中心に半径 2km以内の地域が毎年 11月から翌年 3月まで冬の渡り鳥が渡来する渡り鳥の楽園である。全世界に約 1,300匹しかいないといわれている丹頂鶴と真鶴がこの時期の鉄原でおよそ800羽あまり見ることができる。このためここの鶴の写真は韓国を訪問された英国のエリザベス女王にも贈られた。




[ 孤石亭(コソクジョン) ]

新羅の真平王の時代に建てられた2階建て桜閣であり、奇岩絶壁に囲まれた渓谷の上に建てられた孤石亭から見下ろすと、幾重にも重なっている絶壁の断層と岩にぶつかる澄んだ青い波が調和を成して、すばらしい風景を見せてくれる。孤石亭には鉄原(チョロン)のDMZ観光が始まる戦跡地管理事務所がある。



[ 第2トンネル ]

1975年3月19日に発見された第2トンネルは車両、野砲などと共に1時間当たり3万人の武装兵力 を送ることができるだけでなく、戦車までも通過できるほどの巨大なトンネルである。現在は安保観光地として開発され、トンネル内部を直接見て回ることができる。



[ 鉄の三角展望台 ]

同時に300名余り収容できる鉄の三角展望台では、大型構成の望遠鏡8台が配置されており、休戦線非武装地帯をはじめ、北朝鮮の平康高原(ピョンガンコウォン)と宣伝村(ソンジョンマウル)(北朝鮮が裕福に暮らしていると宣伝するために作られた村)、金日成高地、血の稜線を一目で見渡すことができる。



[ 月井里駅(ウォルジョンリ)駅 ]

元々鉄原(チョロン)駅と北朝鮮にあるカゴク駅間の簡易駅であったが、南北分断により現在は非武装地帯の南方限界線の鉄柵にある最北端の終着駅となった。駅前の「鉄馬は走りたい」という大きな看板は、戦争を体験していない若者達にも民族分断の痛みを実感させる。



[ 労働党舎 ]

1946年共産支配の元、地域住民たちの強制労働員と募金によって建てられた労働党舎は、ロシア式工法の無鉄筋コンクリート建築物だ。保安維持のために熱烈党員だけ動員されるほど、特殊な設計で施工された建物だ。



[ 承日橋(スンイルギョ) ]

1948年8月から当時の北朝鮮で鉄原、金化の住民が動員され韓国戦争初期まで基礎工事と2つの橋を作るなど北側の部分が完成し、残りの部分は1958年12月3日に韓国政府により完工した。このように皮肉な工事過程を記念するために李承晩元大統領の「承」と金日成の「日」を取って承日橋と名付けられた。

入力: 2007年 09月 20日 18:27 / 修正: 2007年 10月 04日 15:19
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