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[ 朝の礼讃 ]
山寺の一日が始まります。
全てが寝静まる暗闇の中、夜明けの3時…寺の夜明けを告げる木魚の音が鳴り響きます。朝の礼讃(おつとめ)前の儀式である道場釋(ドリャンソク)が始まります。これは起床の時が来たことを知らせる合図ではなく、慈悲を与え法音を伝える悟りの道場を開き、自分と共に多くの生命が悟りの世界に出て行くことを願う修行なのです。僧侶は道場を回り木魚の音にあわせて<千手経>を読誦します。
目を開けると同時に訪れる衆生の煩悩を鎮めて、心を奮い立たせ真理の世界に向かわせるためです。<千手経>読誦によって道場はすでに清まっており、修行の環境が整っていることでしょう。 |
もしいち早く眠 りから覚めて道場釋(ドリャンソク)に参加すれば、山寺でだけできる特別な経験となるでしょう。
道場釋(ドリャンソク)の木魚が終わると、続いて鼓が鳴り響きます。鼓の余韻をまた雲版が受けて、さらに木魚の太く濁った音が響きます。そして引き続いて深く清い梵鍾の音が四方に響き渡ります。鼓-雲版-木魚-梵鍾の四種類の楽器を総称して「仏殿四物」といいます。鼓は地上の衆生、雲版は空を飛ぶ衆生、木魚(水の中の生命)は地獄の衆生と天人を起こす音です。これらは一切衆生が全て悟りの世界に出て行かなければならないという菩薩の精神に似ています。
寺の人々は道場釋(ドリャンソク)の木魚の音で目を覚まします。顔を洗い身なりを整えて四物の音を聞きながら法堂に入ります。まず法堂のお釈迦様に三拝します。梵鍾の音が終わると同時に法堂では小鐘が鳴り、礼讃の式が始まります。僧侶は鐘を鳴らし鐘頌(チョンソン)を吟じますが、この鐘の音はお釈迦様の教えの音声を代弁するものです。 鐘頌は地獄の苦痛を和らげ、全ての迷える者を明るい世界に導いて、惑わされた人々の精神を起こす音です。そして次の「五分香」を唱えます。
「戒香、定香、慧香、解脱香、解脱知見香」
五分香は、お釈迦様の永遠な真理の体である法身を回復してこの世界を戒律の香り、禅定の香り、智慧の香り、解脱の香り、解脱知見の香りでいっぱいにすることを表わしています。香は全ての生命を清く明るくしてくれます。五分香を捧げる本当の意味は、自分自身が香りとなって真理それ自体に帰ろうという誓いでもあります。香りの徳を称える献香真言を唱えて礼敬文を唱えます。
礼敬文は「至心帰命礼」で始まります。「至極な心で命を懸けて礼を捧げます」という意味です。まずお釈迦様に礼を捧げ、文殊菩薩、普賢菩薩、達磨大師を始めとする法の明かりを灯した無類の歴代祖師に礼を捧げる儀式です。このとき僧侶の木魚に合わせて礼をささげたり札拝をしますが、乱れずきちんとした身だしなみでなければなりません。礼敬文が終わり般若心経を唱えることで朝の礼讃は終わります。このように朝の礼讃を捧げることで、寺の一日は始まり、山寺の全てが生気を得ることになります。
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