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海抜1,563mの毘盧峰(ピロボン)を主峰に5つの峰が屏風のように並んでいて、東側の下には天下の絶景だと言われる金剛山の縮小版の小金剛がある。元々「五台山」は中国山西省の清涼山の別称だが、新羅時代にそこで勉強した慈藏律師がこの山を見て中国の五台山にとても似ていると言って同じ名前をつけたと伝えられている。雪岳山に比べて山並みが優しくて繊細で誰でも挑戦できるし、特に多くの観光客が山林浴を楽しむ。


五台山(オデサン)国立公園ホームページ : http://www.npa.or.kr/odae/

[ 周辺の宿所 ] [ 周辺のレストラン ]




[ 月精寺(ウォルジョンサ) ]

国家的な遺物である美しい八角九層石塔をはじめ、境内にあるソンボ博物館では、五台山の珍しく秀でた多くの文化財と宝物を一目で見ることができる。そして 月精寺(ウォルチョンサ)を囲んでいる数百年樹齢の大きなもみの木と散策路は、多くのドラマと映画の背景になるほど美しい。



[ 上院寺(サンウォンサ) ]

月精寺(ウォルジョンサ)と共に新羅時代(705年)に建てられたもので、韓国で最も古い梵鐘(国宝36号)が保存されている寺だ。また上院寺西側の毘盧峰(ピロボン)から広がっている所にある寂滅寶宮はロバから持ってきた釈迦牟尼の頂骨舍利がついていて、韓国寺社の中で一番の聖地として数えられるところだ。



[ 韓国自生植物園 ]

韓国でだけ自生する花と植物1,100種類余りを棲息している自生植物園。写真撮影は可能な野生花群落地では、春から秋まで咲く韓国の自生花たちを時期別に見ることができて特別な記念撮影場所になる。




[ ハーブの国農園 ]

100種余りのハーブを育てているハーブガーデンと、香りがよく健康に良いハーブ料理専門レストランなど、ハーブに関連した全てのことが集まっているハーブ農園は、カップルのデートスポットとして有名である。

周辺観光地

[統一公園]

  • 所在地 : 江原道 江陵市 江東面

 

96 年 9 月 18 日 、武装ゲリラを乗せて浸透した北朝鮮の潜水艦 1 隻が、江陵 ( カンルン ) 市の正東津 ( チョンドンジン ) 近隣の安仁 ( アンイン ) のテポドンの海に座礁しました。この事件により政府と国民たちは非常に驚き、それをきっかけに国民たちの安保意識を高めるために江陵統一公園が造成されました。この公園には浸透した潜水艦が展示されており、正東津の新年の日の出と共に新しい観光名所として浮上しています。

[烏竹軒(オチュクホン)]

  • 所在地 : 江陵市 竹軒洞 201

 

烏竹軒は、朝鮮時代に 江陵 ( カンルン ) の儒賢であった崔致雲 ( チェ・チウン、 1390~1440 ) が建立したと伝わる別堂 ( 離れ家 ) で、当時の姿がよく保存されている代表的な朝鮮時代の住宅です。
本来、 烏竹軒の裏側には古い家がありましたが浄化事業の際に全て崩してしまい、現在は舎廊棟 ( 居間 ) の一部のみが残っています。今日の烏竹軒の姿は、 1996 年の政府の文化財復元計画によりかつての姿に復元したものです。現在、 烏竹軒の境内には栗谷・ 李珥 ( イ・イ ) の影堂である文成 祠と 栗谷 ( ユルゴク ) 記念館、郷土民俗館、 江陵 烏竹軒市立博物館があります。

[チャムソリ博物館]

  • 所在地 : 江陵市 苧洞 36 番地
  • お問合せ : +82-33-655-1130~2
  • 開館時間 : 夏季 08:30 ~ 18:00 / 冬季 09:00 ~ 18:00
 

チャムソリ ( 真の音 ) 博物館は、ソリ ( 音、 Sound ) が中心の音楽博物館の性格を持つチャムソリ蓄音機博物館と、エジソンの発明品を主とした科学博物館の性格を持つエジソン・サイエンスミュージアムの 2 つの特化された博物館で構成されています。
 

1982 年に江陵市 ( カンルンシ ) 松亭洞 ( ソンジョンドン ) でソン・ソンモク ( 設立者 ) 館長が「チャムソリの部屋」として設立して以来、約 30 年余りの歴史と伝統を誇っています。主要所蔵品は、ミュージックボックス、蓄音機、ラジオ、 TV 、自動車、エジソンの発明品など 5,000 点以上で、所蔵品の規模では世界最大の私立博物館です

[船橋荘 ( ソンキョジャン ]

  • 所在地 : 江陵市 雲亭洞 431
 

船橋荘は朝鮮時代後期の典型的な上流住宅で、孝寧大君の 11 代孫の茂卿 ・李乃蕃 ( イ・ネボン ) が開基した所です。 船橋荘の居間である 悦話堂は 1815 年 ( 純祖 15 年 ) に鰲隠居士 の李后 ( イ・フ ) が建立し、 蓮池の活来亭は 1816 年に李根宇 ( イ・クンウ ) が造営したと言います。
舎廊棟、東別堂、西別堂、活来亭、悦話堂、 行廊棟 ( 脇部屋 ) 、倉庫、その他付属の建物で構成されている全体的な建築物は韓国戦争の時に一部が被害を受けましたが、後に修理して今日の姿となりました。 船橋荘は初期から完全な計画の下で建築されたものではなく、時が経つにつれ次第に規模が拡大されて現在のような空間構造となりました。


入力: 2007年 09月 20日 18:27 / 修正: 2007年 10月 04日 15:19
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