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韓国を訪れる外国人が最も印象的だと言う観光地のひとつである雪岳山(ソラクサン)は、韓国人が最も愛する山である。韓半島の中枢である太白山脈の中で最も高い大青峰(テチョンボン)(1708m)を頂点に広がる雪岳山(ソラクサン)は、寒渓嶺(ハンゲリョン)と彌矢嶺(ミシリョン)を境界線に東海方面は外雪岳、西側は内雪岳と呼ぶ。奇岩絶壁と大きな滝が多い外雪岳と、渓谷が多く山が素晴らしい内雪岳は、季節ごとに様々な姿と色で自然が与える最高の美しさと感動を見せる。様々な登山コースと渓谷ごとに隠れている貴重な文化遺産でさらに光る雪岳山は、世界的に珍しい生物の分布消息地として1982年にユネスコが韓国唯一の生物圏保存地区として指定した。

雪岳山国立公園ホームページ : http://www.npa.or.kr/sorak/
お問合せ:+82-33-636-7700

[ 周辺の宿所 ] [ 周辺のレストラン ]




[ 大青峰(テチョンボン) ]

大青峰(テチョンボン)は雪岳山で最も高い峰(1,708m)で、内雪岳と外雪岳の分岐点にあり、高山地帯は珍しい植物が50種類近く生息している。その中で大青、中青、小青付近にはエーデルワイス、ハナブサソウ、スミレ、一輪草、ミヤマビャクシン、ハイマツなど珍しい植物が群落をなしている。広い肩の西北主稜線と花彩稜線の間に美しく力強く見える恐竜稜線で、はっきりとした対比を見せるのが大青である。白頭大幹の荘厳さと華麗さが頂上まで至る雪岳の主峰、大青に登る道は季節やコースによって難易度も様々である。昔は鳳凰臺(ポンファンデ)と呼ばれていた。鷺山はこの青峰の名称を
鳳凰臺鳳頂、青峰などと言ったのは、韓国の昔の信仰の根源であった光明から出てきた言葉だと断定した。東国名山記では、遠くから見れば青色に見えると言って青峰と呼ばれたとある。



[ 権金城(クォングムソン) ]

海抜860m、新興寺(シヌンサ)の入り口から南に空高くそびえたつ峰の頂上に上がると、権金城(クォングムソン)が見える。高麗時代(1253年)にモンゴルの侵入を遮るために建てられた権金城は、当時高さが337mもあり、大規模の城だった。元々の名前は雪岳山城だったが、権氏、金氏二人の商人が一日で築いたとされ権金城と呼ばれるようになった。ここから見る雪岳山の眺めは最高である。

※ 権金城ロープウェイ:雄々しく巨大な雪岳山国立公園の美しさを670mの高さから見下ろす楽しさを味あわせてくれる権金城ロープウェイ。往復14分の間一生忘れられない感動的な大自然のパノラマが広がる。 (雪岳山小公園から出発)



[ 新興寺(シヌンサ) ]

新羅時代(652年)に王の命令を受けて慈藏律師が創建した寺で、釋迦世尊の舎利を奉安した9階石塔がある寺である。元来名前は香城寺であったが、何度にも渡る火災で焼失して僧侶が皆寺を離れ、たった3人だけの僧侶が残って寺を守っていたが、夢の中で皆同じ神の啓示を受けて再建したのが新興寺である。現在最初の門の前にある青銅座仏は11年に渡って作られた世界最大規模の青銅座仏で、高さが14.6m(6階アパートの高さ)にもなる。座台に統一を願う16羅漢像が優美に彫刻されていて、腹蔵には92年にミャンマー政府が寄贈したお釈迦様の真身舎利3つと陀羅尼経、哲輔など各種腹蔵遺物が奉安されている。



[揺れ岩]

雪岳山で最も有名な名物の中のひとつである。大きな座布団の上に座っている小さくて丸い岩が有名になった訳は、どんなにたくさんの人達が岩を押しても、一人で押す程度だけ動くからである。どんなに押しても岩は15~30cm位だけ前後に揺れる。



[ 蔚山岩(ウルサンパウィ) ]

海抜873mの高さに四方どこにも身を寄せるところなく絶壁を成している岩山である。回りが約4kmになり6つの峰で成り立っている姿から、雪岳山の象徴であり江原道のランドマークとして呼ばれているが、季節や天気によって様々に変わる姿と、似通った姿の岩山という点で、オーストラリアのエアーズロックを連想させる。



[ 飛仙壺(ピソンデ) ]

臥仙臺(ワソンデ)から渓流に沿って約300mほど上ると、飛仙臺(ピソンデ)に着く。景色がとても美しく大雨が降ると飛仙臺(ピソンデ)の座布団の上に降り、何回かに分けて滝になる。連続して岩から滝を起こす風景はあたかも羽衣のすそがなびくようで、麻姑仙女がここで昇天したという伝説によって飛仙臺(ピソンデ)と呼んだ。春になると名前も知らない花の香りが谷を埋め、夏は綠陰芳草に新鮮さを感じる。だけでなく、秋は五色の紅葉が美しく、雪の降る冬が来ると雪花が銀世界を成すので、外雪岳の中で一番の絶景だと言える。開花雪景はひときわ秀でた金剛山の万爆洞を色染める、雪岳山の代表的名勝地である。



[ 鑄錢谷(チュジョンゴル) ]

南雪岳の五色地域にある鑄錢谷(チュジョンゴル)は、昔の貨幣である葉銭を作っていたところなのでこう呼ばれた。秘密でお金を作っていた渓谷だけあり、深い渓谷を成す鑄錢谷(チュジョンゴル)は、紅葉が美しい雪岳山でも最も美しく紅葉するところで有名だ。これ以外にも真夏の緑の景観、そして真冬の雪景色もまたすばらしい。鑄錢谷(チュジョンゴル)は五色薬水場につながり、雪岳山最高のコースである。

* 五色薬水 :  5種類の味があると言われ「五色」と呼ばれる薬水は、鉄分と炭酸成分が強くて初めて飲む人は飲みづらいが、全国各地の人々がこの水を飲むために雪岳山に来るほど体に良いと有名だ。

周辺観光地

[洛山寺(ナクサンサ]

  • 所在地 : 襄陽郡 降峴面 前津里 55
  • お問合せ : +82- 33-672-2447
  • 関連ホームページ : <http://www.naksansa.or.kr
 

洛山寺は、 日の出が全ての人々に光明をもたらすように、大慈大悲した観音菩薩が常住し全ての衆生の痛みを洗い流してくれる所です。唐 に留学して智儼 ( チオム ) から華厳思想を学んで帰国した新羅華厳宗の宗祖である義湘 ( ウィサン ) 大師 ( 625~702 ) が、日本海 ( 東海 ) に面した 五峰山 ( オボンサン ) に創建した寺刹です。
現在、 洛山寺から見える ほとんどの建物は休戦以降に再度重修されたものです。残念ながら、去る 2005 年 4 月に 襄陽 ( ヤンヤン ) 地方で発生した大型の山火事により、宝物第 479 号の 洛山寺の銅鐘 と円通宝殿 ( ウォントンポジョン ) などの殿閣などが焼失し大きな被害を被りました。現在、銅鐘と円通宝殿の復元事業が推進されています。

[五色薬水場]

  • 所在地 : 襄陽郡 西面
  • お問合せ :雪嶽山国立公園事務所
  • 五色分所 :+82-33-672-2883 / 襄陽郡庁観光課 :+82-33-670-2251 / 襄陽郡西面事務所 :+82-33-670-2602
 

五種類の味がすると言い名付けられた五色薬水は、咸鏡道(ハムギョンド)の三防(サムバン)薬 水と共に全国の2大薬水の中のひとつに数えられている有名な薬水です。小川の辺の広い岩の 上を突き抜け、3ヶ所から1日1500ℓほどの水が湧き上がります。味は変わっていて、サイダー のように舌がピリピリします。 五色薬水は胃腸病、消化不良、血液循環、貧血、神経痛及び病後の回復に特効があります。 噴出量は季節により異なりますが、1日平均の噴出量は1,000~1,500ℓほどです。しかし、周辺 のグリーンヤードホテルが炭酸温泉をボーリングしてから、季節の噴出量が大きく変化しまし たが、まだかつての五色薬水の命脈を引き継いでいます。 >

[統一展望台]

  • 所在地 : 高城郡 県内面 明湖里
  • お問合せ : +82-33-680-3545 (高城郡庁文化観光課 )
 

統一展望台は、 1984 年 2 月 9 日 に日本 ( 東 ) 海岸の最北端である県内面 ( ヒョンネミョン ) 明湖里 ( ミョンホリ ) の標高 70m の最前方の高地の上に建てられました。分断の現場を体験し、世界の名山である 金 剛山 ( クムガンサン ) と海金剛 ( ヘクムガン ) を眺め、故郷を失った心の痛みを感じることができる現場で、年間 100 万名以上の人々が訪れます。
前進十字鉄塔:毎年 12 月のクリスマス記念の点灯行事
統一祈願 梵鐘:鐘の高さ 1.87m 、直系 1.25m 、重さ 500 貫、打鐘 ( 鐘を打つ ) 距離 4 ㎞ で、毎年 4 月の初 8 日に灯台の点灯行事が行われます。
聖母マリア像: 1986 年に天主教で建立、面積 13.6 坪、高さ 10.5m
統一祈願弥勒菩薩: 1988 年に新興寺 ( シンホンサ ) で建立、高さ 13.6m
351 高地戦闘戦跡碑: 6.25 動乱時の失地回復記念戦跡碑

[乾鳳寺(コンボンサ)]

  • 所在地 : 高城郡 巨津邑 冷川里
  • お問合せ 高城郡庁文化観光課 : +82-33-680-3352
 

乾鳳寺は、 金 剛山 ( クムガンサン ) の南側の山麓に位置しています。 新羅時代の法興王 7 年 ( 520 年 ) に創建された寺刹で、隆盛期には寺刹の規模が 3,813 間の大伽藍で、新興寺 ( シンフンサ ) や 洛山寺 ( ナクサンサ ) などの 9 つの末寺を抱えて韓国の 4 大寺刹のひとつとして数えらました。しかし、残念にも韓国戦争により完全に廃墟と化して不二門しか残りませんでしたが、最近、寺址の整備と一部の寺刹の建物を復元し、かつての栄華を取り戻しつつあります。
民統線の中に位置しているため一般人 の入出が統制されてきましたが、 1992 年の夏から入出が可能となりました。現在は江原道記念物第 51 号に指定・管理されており、重修作業の真っ盛りです

 

入力: 2007年 09月 20日 18:27 / 修正: 2007年 10月 05日 12:21
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